小説バトン 第三走者
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6月10日木曜日晴れ。商店街を通って駅に向かってたら、おばちゃんが水撒いてた。で、水が足にかかって、ほんと最悪だった。うわ、ツメた、って思って、声は出さなかったけど、おばちゃんに舌打ちしちゃった。おばちゃんはおっかない顔してたから、私の舌打ちに腹立てたっぽい。こっちが被害者だって。謝ってよ。だいたいコロナで商店街に人なんか全然いないし水なんか撒いて何してるの。
ネットで調べたら「打ち水」とかいうやつで、気化熱でヒンヤリするらしいわ。古くからの日本の習慣だって。でも雨降っても夏は暑くない?夏で思い出したんだけど東京オリンピックはやるんですか?もうどっちでもいいってから早く決めてほしい。結構楽しみにしてたのに楽しみにし続ける事に飽きちゃいました。
で、その日、私はどこに向かっていたかと言うと、東京タワーを見に行ったのです。緊急事態宣言中は8時に消えるらしく、消える瞬間を見たい!って思ったのです。普段は消えるの12時だから、そんな時間に家出れないし、チャンスなのです。
本当に8時に消えた。ふわーって消えるんじゃなくて手品みたいにパッと消えた。消えた瞬間、わ、素敵、って思ったけど、そのあと東京タワーがあったところを見てたら何か不安になった。これって絶対に良いことじゃないよね。8時に消えない方が世の中的にはいいんだよね。
緊急事態ばっかりで、もうこれって緊急じゃなくて普通ってことなんじゃないの。
そして最近コレを私が普通だと思ってきてることが怖い。慣れって本当にすごい。
これからずーっとマスクして暮らしていくのかな。ワクチン打ったらマスクしなくて良くなるかな。あんまり歯並びに自信ないからマスクは有難かったりするけど、夏のマスクは暑いから嫌。してもいいし、しなくてもいい、マスクはマストじゃなくなるのが私の希望。
帰りの商店街、打ち水おばちゃんの店は終わってる感じだった。他の店も大体やってなくて、やってる店は少なくて、台風じゃないけど台風の日みたい。
それにしても緊急事態って強そう。
家に帰って父さんと話をした。父さんは最近テレワークで家にいるからよく話すようになった。なにかと本を読めってうるさい。感受性がみずみずしい若い時に小説を読めって。「ライ麦畑」は読んだ方がいいとか「若きウェルテルの悩み」読めとか、父さんなりに私の事を考えてくれてるのはわかるけど、私は漫画が読みたい。
正直、父さんは私に「凄い!頭いい!素敵!」って思われたくて本をチョイスしているフシがある。いや絶対そう。全体的に小難しそうな、分厚いの選んでる。ハードカバー多め。ハードカバーって何か重たいんだよね。本当に父さんは面白いって思ってるんですか?と聞きたいけど優しい私は聞いてない。でも何とかピンチョンだけは名前が可愛いので読んでみようと思ってる。
で、打ち水おばちゃんの話をしたんだけど父さんはその店の事、知ってた。女の人が1人でやってる小料理屋だって。たしかに割烹着とかそんな感じだった。
父さんは「ルーティンを守ろうとしてるんじゃないか」とズレたことを言った。あのー、私が水をかけられた話をしてるわけで、打ち水おばちゃんの分析はいらないんだけど。でも父さんはそこが引っ掛かるわけね。
まあ、営業時間短くしろって要請だっけ、あれで打ち水おばちゃんも大変なのかなって思った。
「今日はお客さんくるのかな」とか「いつまで続くのかしら」とか「コロナ対策の消毒しなくちゃ」とか、とかとかとか、あれこれ考え事しながら打ち水してたもんだから、手元くるって、タイミング悪く私は水をかけられちゃったのかな。わざとじゃないのは分かるから舌打ちはちょっと反省。
でも「飲食店は時短協力したら結構なお金をもらえる」って話を聞いて、そっちに舌打ちしたくなった。なら別にいいじゃん。私は何も貰えてない。逆に儲かってる店もあるんだって。おかしくない?
それでも、思ったけど、打ち水おばちゃんは打ち水おばちゃんなりに、コロナとか政府とか東京都とか大きなモノに振り回されてる事は事実なんだよね。私も父さんも母さんも、みんなみんな大なり小なりコロナでいろいろ変わってる。普通になっちゃってるけど、みんな気づかないふりをしているのかな。
これからも打ち水おばちゃんの店に行くことは多分ないけど、打ち水してるのを見たらちょっと安心する気がします。
-第四走者へ続く-