小説バトン 第七走者
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晩春から新緑の季節になっても僕の目にはまわりの景色が灰色に映る。そんな景色に一変したのは、1年前のあの日からだ。1年前のあの日に「あいつら」が来てから全ては変わった。
僕の住まいは地平線の果てまで連なるような山々の山間部にあった。全体では集落が3つに分かれており、それぞれが自由に行き来できる環境にある。しかし、一緒に生活をするということはなかった。隣の集落の1つは気性の荒い一族で、よく仲間同士でも喧嘩をしている。こっちまでとばっちりを受けることを避け僕の集落ではあまり深くかかわるなと言われてきた。もう1つの集落は色白なやつばかりで、それが原因か短命に終わってしまう一族である。いつも顔色が悪く、体調が悪そうである。なのであまり関わりたくはない。
僕の集落は、というと臆病で陰湿な性格が多い一族だった。僕と弟は早くに親を亡くし誰に養われることなくなんとか自力で生活をしていた。みすぼらしい格好と質素な生活を送っていたからか周りの連中からは蔑視されていた。
それでも僕がこんな集落にとどまっているのは、弟がいたからだ。弟は僕の唯一の味方であり仲間であり、僕の心を和ます唯一の存在だった。僕は弟のお陰でこんな所でも生活ができていることに多少なりの幸せを感じていた。
しかし、そんな日も長くは続かなかった。
その日は汗が滝のように流れる猛暑の日だった。弟と外で遊んでいると、村の外から聞いたことのない轟音が鳴り響いた。その直後、聞きとれなかったがものすごい声量が聞こえ、その声はさらに近づいてきた。ようやくその存在が視覚に入った時、僕らはあまりの衝撃に身動きがとれなくなった。その声の主は僕らの4、5倍の身長もあり、見たこともない形をした謎の巨人だったのだ。
「あいつら」だ。
巨人は僕と弟を見るやいなや、執拗に追い回してきた。なんとか弟だけでも逃がそうとしたが、巨人の動きは想像以上に速く、僕らはあっさりと捕まってしまい、暗い大きな箱に放り込まれてしまった。他のやつらも同じように捕まってしまったようだ。
翌日、箱の中で眼を覚ますと箱の蓋は開いていたため、僕らは外にでたが、これまでの景色が一変していた。
集落一帯が空の高さまであるように見える柵で囲まれており、巨人に取り囲まれていたのだ。
この日を境にこれまでの暮らしが一変してしまった。巨人は巨大な柵で僕らの集落を囲み、僕らが逃げ出さぬよう常に目を光らせている。監視役とみられる仲間も交代制で数時間おきに見回りにきており、まるで隙がない。鷹のように大きな翼があれば空を飛んで逃げ出すことはできそうだが、現実的には逃げることが不可能な状況であった。
何のために僕らをこんなところに隔離するのか、何も伝えられないまま、僕らはその柵の中で暮らすこととなった。
隣の集落の一族がどうなったか気になっていたが、僕の集落へ移動させられた老人から話を聞くことができた。
気性の荒い一族は、腕っぷしはとても強かったが、巨人の前では全く歯が立たなかったようで、その日のうちに降参したようだ。その後はというと、反抗に対する見せしめと巨人の余興のため、彼らは首輪をつけられ仲間同士で戦わせられているとのことだった。子供にいたっては巨人の祭事で身売りまで行われているようだ。市民の余興のため奴隷同士が殺しあう時代が過去にあったと聞いたことがあったが、この時代にもそんなことが起きてしまうのか。
もう一つの集落ではさらにひどいことが起きているとのことだった。元々病弱な一族が集まっていたせいか流行り病が起きてしまったようだ。しかも、狭い空間で隔離されていたことから、病原は一気に拡散し、何百という数になっているようだ。
さらに、その病原は一部の巨人にも感染したようで、高熱や呼吸困難を急激に引き起こし、巨人といえど数日後には冷たい躯に変わり果てたようだ。
そこで、どうしようもなくなった巨人は集落ごと火を放ち、あっさりとその集落の全てを焼き払ったようだ。
そんな生活に急変した僕らの集落では、病気になった者や体力がない連中は早々と巨人に連れ去られ集落の外に捨てられていたが、若い僕らはなんとか生かされていた。
しかし、そんな日が永遠に続くこともなく、1年が経過したあたりのとある日に僕と集落の連中は巨人から呼び出された。とうとう僕も覚悟を決めないといけない日がきてしまったのか。巨人は弟を置いて僕と集落の連中を外へ連れだしたのだった。弟は僕が連れていかれるのを見て泣き叫んでいた。
連れて行かれた先は、巨人たちが住まいとしている灰色の建物で、中には何人もの巨人の姿があった。談笑しているものもいれば借りてきた猫のようにおとなしいものもいる。巨人は何の目的で、僕をここに連れてきたのか。もしかしたらここで殺されることはなく、生き延びることができるのではないかと何の根拠もなく僕は淡い期待を抱いた。
しかし、そんな淡い期待を抱いたのも束の間、巨人は建物の奥の棚へと向かい、何かを手に取った後、僕らの目の前に立ちはだかった。手には巨大な斧のようなものを持ち、何やら数えている。数え終わると巨人は、何の感情もないかのように次々と集落の連中を手にかけていったのだ。
その後、連中の躯は血抜きがされ、内臓が取り出され、手足は切り取られ、皮をはぎ取られているものもいた。
その肉や内臓は火にかけられていた。身の毛がよだつ光景だった。
巨人は次に手を止め僕らを数え始めたので、僕はなんとかこの場を逃れようと必死に走り回った。部屋は広く、走り回るには十分であったが、隅に追い詰められ、僕はまたしても捕まってしまい、動けないよう縄で縛られた。
これは夢....
漫画の世界ならヒーローがここで僕らを助けてくれるんだよな...
痛いのは嫌だ...
もう少し生きていたかった...
せめて弟だけでも...
何か....奇跡は起こらないのか....
本当に殺されてしまうのか....
もうだめか...
走馬灯のように表れる過去の記憶。
叶わないと思われる希望をあきらめ覚悟を決めた。
目をつぶり、せめて弟だけでも生き延びて欲しいと心で強く祈り、時を待った。
翌日、僕は焼鳥屋のテーブルに並んだ僕の一部が串刺しになった姿を少し上の方から眺めていた。