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犬を散歩する人、午前中にでかけて午後4時に戻る中年の人、新聞配達の若そうな人、ただ散歩している人、さまざまな人が行ったり来たりする風景を店番をしながら眺めるのが私、青山通子(あおやまみちこ)の日常である。この店を始めて1年が経った。私にとっては、続いているほうだ。石の上に3年なんていうが、3年以上続いたのは小学校、中学校の義務教育くらいのものなのである。商い3年なんてことばもあるらしいが、3年というのは何らかの意味があると見せかけて、何となく想像できる期間の最大値なのではないか、とひとり店番をしながら考えていた。

「1年で季節変動による商いの浮き沈みをキャッチし、2年目で沈みの部分を補正、3年目で浮きをもっと浮かせる、あれ、しかし浮きが際立つと反動で沈みが強調されてしまうな、これは一体どうしたことかな…」

 と、相変わらず理屈っぽいようなことをぶつぶつとつぶやきながら、

「まあいいや、また3年も続かないだろう」

と、再びぼんやり町行く人を眺めていた。商い3年は、じつは勘違いで、本当は、「飽きない!3年」、というスローガンだったのではないか。そうだとしたら、そのスローガンを作った人は、きっと私のように何をやっても飽きがちだったはずで、できるものなら、会いたい、その人に、などと、実にどうでもいいようなことを考えていた。

そうしていると、いつも決まった時間に店の前を犬の散歩をしながら通りすぎるはずの犬養(いぬかい)さんが、今日は店に入ってきた。

「いらっしゃい」

柴犬のツナヨシは入り口に繋がれ、しずかにこちらを伺っている。犬養さんが言った。

「あんたは青山さんところの孫よね。布団の打ち直しをお願いしたいんだけどね。最近は布団屋も減っちゃってね。」

「もう布団屋はやめたんですよ。」

この店のどのあたりが布団屋に見えたのか聞きたくなったが、ぐっと我慢した。

「あらそうだったの。うちのツナヨシは青山さんのとこの布団が好きでね。先代が飼っていたベルとも仲良しだったの。」

犬飼さんの言ったことが気になり、私の頭は計算を始めていた。

たしかイヌは1年で4つ歳をとる。ツナヨシは最大見積もって月齢20年目くらいとして、ヒトだった場合は80歳近くになる。ベルは祖父母が飼っていたイヌだが、私が生まれる前にすでにあっち側へ行っていた。となると、いまの私自身の年齢45歳、そこから逆算するとツナヨシはヒトだった場合180歳近くになる。ツナヨシは高齢には見えたが、散歩の姿はいつだって凛々しいものである。

イヌは1年で4つ歳をとるとは、どういう意味をもつのか、犬時間から見た場合、ヒトは4犬年でやっと1歳。頭の中はツナヨシの長すぎる寿命から、ヒトとイヌによって年月が伸縮することに関心が移っていた。

「飽きない!3年」が、柴犬のツナヨシにとったら、飽きる暇もないほどの時間かもしれない。「飽きない!1年」、といったとこか。青山墓地には、ハチ公のお墓もあるけれど、ハチも「飽きない!1年」の感覚で毎日先生を迎えに行ってたのではないか、いやハチの場合は、「諦めない!1年」といったところだな。

などと思いながら、犬養さんをぼんやりと見つめていた。だいぶ物忘れが進んでいるのか、また布団の打ち直しをお願いしたいと、話し始めた。ヒト時間だともう今日は閉店の時間になるので、犬養さんにその旨を伝え、ツナヨシを忘れて一人で帰りそうになる犬養さんを見送った。

ー第二走者へ続くー