「どうして」と言われるとき、理由、たいていは動機が問われている。
ただ「どうして」は「どのように−為して」をも含意しているように思う。そしてたしかに「どのように−為して」は理由は一部を構成している。「どうして」は一度に、ある物事を為した「動機」とその物事を実際に起こるまでの「プロセス」を問うているように思う。

企業内哲学についての論文を書くに至った理由を、できるだけ率直に述べたいと思う。一度に「動機」と「プロセス」という二つの観点から、可能な限り、備考録として。備忘録というより「備考」録、忘れることではなく考えることに備えること。

自分の身に起きていることをちゃんと知る

主要な動機は、論文冒頭で仄かしたように、2018年から自分の身に起こったことをちゃんと知りたかったからである。

私とメタのあいだに起こった出来事の理由を、私やメタの資質や自由意志に還元することはできない。私の背後には少なくともスピノザがいたし、メタの背後にも何かがあったはずだ。そして何よりも私のうちにもメタのうちにもあるような共通の原因があったはずである。

スピノザ主義よろしく、未知を知ろうとする意志はない(『エチカ』第2部定理49系を参照されたい)。意志の射程は知性の射程より広いわけでも狭いわけでもない。意志は知性が届いていないものへ向かうようなものではない。常識あるいは私たちの慣習的な言葉遣いに反するかもしれないが、少し考えればわかる。自分が何を探し求めているのかも知らない以上、それを探し求めるということはできない。古来からある議論だ(プラトンの『メノン』を参照されたい)。私たちにできるのは、自分が知っていることをちゃんと知ることである。私はいま何かを食べたい。私はいま自分が何かを食べたいことを知っている。しかし何を食べたい?少なくとも私はいまパスタを食べたくはない(昨晩の夕食がパスタだった)。では何を食べたい?何かを食べたいということは判明であるが、何を食べたいかは判明ではない。

同じだ。「企業で哲学者がワークすること」、これを私は知っている。いや知ってしまった。少なくとも日本でそうした事例が稀有であるとしても、身をもって知ってしまった。しかし私はそれをちゃんと知らない。私とメタが出会い、メタのうちで私は哲学者として金銭的報酬が発生する仕方で生きていた、要するに「ワークしていた」わけだが、それは一つの結果に過ぎない。自分の身に起きた/起きている物事についてちゃんと知りたい。

私は「物語る」という行為をあまり信用していない。それはしばしば実在の流れを修正し歪曲してしまう。だからどういった流れで「私がメタの”企業内哲学者”になったのか」を物語ることでは、「ちゃんと知ること」はできないと思われた。きみがカフェでそれを聞くなら嫌な顔をせずにぼくは物語るだろうが、少なくとも研究者としての私の好みではない。だから私は別の仕方で取り組む必要があった−−たとえそれによって私とメタのあいだの出来事の個別性・特異性を見失わせる危険があるとしても。この取り組みはそうした危険はあるが、見通しもある。というのも、もし私たちの出来事をより広範な背景状況に位置づけることができれば、私たちの個別性・特異性がその「背景」から際立つ一つの「色彩」として浮き彫りになるのではないか、と思えたからである。そうして想像力は、一方の戦略(物語ること)を捨て、もう一つの戦略(背景を描くこと)を採用するよう仕向けた。別のパス(道筋)があったかもしれない。しかしそれは少なくとも当時の私には知らない道であったし、知らない道を歩もうと意志することはやはりそもそも可能ではなかった。

こうして私は、「企業内哲学」という動向をまずもって描き出すことにした。主に仏語での検索で出てくる限りの資料群をエクセルにまとめ、次いで心の向くままに読み漁った。読んでいる間に興味深い引用文献を見つけ、さらに芋づる式に読んでいった。論文末尾にある参考文献はその一部である。出来る限り網羅的に扱うことで論文の資料性・情報性を高めたいと思ってはいたが、やむなく執筆の段階で扱うことを差し控える文献がいくつもあった。

私の言葉のラインが「動機」から「プロセス」へと移っていっているので、少しだけ重心を戻しておこう。というのも、ここで次のような疑問が生じているかもしれない。すなわち「どうして佐々木は博士後期課程に在籍し、博士論文執筆という課題に専心しているはずであるのに、それに専心する時間を少なからず犠牲にして、企業内哲学という主題に取り組むことができたのか?」。論文には決して書くことができなかった別の「動機」を明かす必要がある。誤解を恐れず言えば、それは「金」に関わる動機である。

別の動機:監査役からリサーチャーへ

論文冒頭でも書いたが、私は2018年に株式会社メタの監査役(注1)に就任し、2022年12月に退任している。この退任に際して、私は「監査役退任について」と題した記事をしたため、その末部に次のように書いた。

ところで一応述べておくと、私が此度、任期を終え、更新しなかったのは、何らネガティブな理由ではなく、私がこれまで就いていた席を、また別の新たな実験−実践に使おう、という点で我々が一致したからである。(...)。私の方は今後どうするのか、については、また報告・共有させてもらえればと思う。

私は今日まで、「私の方は今後どうするのか」についての報告・共有を一切、公にはおこなっていない。その一文は意図的であった。

退任記事の公開当時すでに、監査役ではなく今度は「リサーチャー」という名目で株式会社メタとの私の関わりの継続が決定していた。関わりの継続は、メタ側からの要望であり、私としても願ってもないことであった。ただそこで問題となったのは、監査役とは別の関わり方の内実である。

ここで初めて公表させてもらうが、私は監査役期間中、株式会社メタから月10万円の報酬を得ていた(「10万円」という金額がどう決まったかを書き始めると本筋からズレるので差し控える。しかし求めがあれば書くだろう。それを語ることを厭う理由は何もないのだから)。
私に与えられた職務は「メタを見ていること」であり、具体的な義務めいた職務事項としては、月2回の1回2時間の定期ミーティングに参加することだけであった(このミーティングはコロナによりすぐにオンラインとなった。加えて日常業務のやりとりが為されるチャットへ参加・観察と監査報告書の作成と口頭発表があった)。

したがって、あえて単純に時給計算すれば、私は時給25,000円(月4時間:10万円)でワークしていたこととなる。ところで私は以前、アルバイトをしたり、いわゆるサラリーマンとして働いていたことがあるが、実際に職場やオフィスに身体を置いているとき以外、例えば、仕事終わりや休日に仕事のことを考えることがあったし、その準備に着手することすらあった。これはみなさんも多かれ少なかれそうだと思う。さてそれでは、もし「哲学者」の主要な職務に「思考すること」が入るとすれば−−それが入らないことはあるのだろうか−−、私がミーティングが終わった後に思考が続いている間、あるいはミーティング以外の日にチャットを観察している際に思考が発生して、それに専心せざるを得ない間、その時間は「仕事をしていること」にならないのだろうか。その時間が体感的に言って、1週間にトータル90分発生するとすれば、時給は10,000円(月4+6時間:10万円)となる。したがってその報酬額を「高い」とするか「安い」とするか、はみなさんそれぞれに委ねたいと思う。ただ私が少なくとも言えることは、私たちとしてはそれで「成り立っていた」ということである。そして株式会社メタの代表取締役の辻さんが言うところの事実によれば、「佐々木が監査役で就任してからの3年間でメタの売上は3倍になった」ということである。

この辻さんの言葉は否応なくパスカルのことを思い出させる。パスカルはかつて「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら大地の表面はいまとは変わっていただろう」と言った。17世紀を生きたパスカルは「中国の蝶のはばたきが翌月のニューヨークの天気を変える」という有名な言葉の下で20世紀になって展開されたカオス理論に極めて近い発想を有していた。初期状態の微小な差異は時間の経過ととも指数関数的に増大し、予測不可能な変化をもたらす。「佐々木が監査役であったこと」と「その期間に売上が3倍になったこと」。この間の因果関係をどう捉えるかについてもみなさんそれぞれに委ねたいと思う。

さて、話を戻そう。とにもかくにも監査役退任の日が近づいていく際に、私は上述のようにかつ監査役就任中の様々な経験(論文冒頭で示した内外からの問いかけの経験)によって、「企業内哲学という動向が一体どのようなものであるか」にすでに大きな関心を抱いていた。そしてまた関わりの継続がメタからの要望でもあった。それゆえ私は、2023年以降の「関わり方」として「企業内哲学の動向についての企業内リサーチャー」という提案をなすに至った。

再び報酬の話。今度は、企業内哲学についてのリサーチ業務の報酬額はどうするのか。その報酬額をどう考え、どう決めればいいのか。

私は監査役退任が近づく中、2022年12月中旬から2023年1月中旬までの1ヶ月間、企業内哲学のリサーチに実験的に着手してみた。そしてそのリサーチに自らの活動力を割くことが、博士研究に活動力を割くこととの関係でどの程度なら許容可能であるのか、を探った。結果として私は、月20時間ほどであれば、無理はなく、むしろ健康的である、という見通しを得た。「健康的である」というのは何よりも、企業内哲学に関する文献は、結局はそれが「哲学」に関わるものである限りにおいて、自分の哲学研究や興味関心と無関係ではあり得なかったからであり、そしてそうして私は、企業内哲学のリサーチに無理なく活動力を割くことが、自分自身が博士研究を継続していく上での非常に良いエクササイスの意味合いも帯びたからである。これは日々デスクワークに向かう私たちが、週に2時間ほど肉体運動に活動力を割く場合の、生の編成のバランスの良さを想像してもらえれば十分である。そしてだからこそ、20時間以下に制限するのも難しいと思われた。週に一度、適度に運動したいにもかかわらず、運動できないことはむしろ苦痛であるのと同様に、企業内哲学のリサーチに活動力を割きたいタイミングでそこには報酬が発生していないと意識してしまうのは苦痛である。

したがって私は、2023年1月下旬に、リサーチテーマの提案と同時に、時給10,000円を目安に月20時間、つまり月20万円をリサーチ報酬額として提案をした。そしてこの提案が株式会社メタのみんなの応答と検討と協力の上で成立するに至った。次いで私は「監査役退任について」の記事を書き、その末部に先の一文、すなわち「私の方は今後どうするのか、については、また報告・共有させてもらえればと思う」を書いた。なぜか。目に見えるリサーチの「成果」を先に出したかったからである。それなしに報告・共有することは私にはどこか憚られることであったからである。そうして書かれたのが先日公開された論文である。twitterで論文情報をつぶやいたところ、4.5万以上のインプレッションと600以上のアクセスがあった。有り難いことである。そして私は一年越しにいまようやっとこの文章を書いている。

以上が、上で提起した「どうして佐々木は博士後期課程に在籍し、博士論文執筆という課題に専心しているはずであるのに、それに専心する時間を少なからず犠牲にして、企業内哲学という主題に取り組むことができたのか?」という問いへの答えとなる。私は「犠牲」など払っていない。私はむしろ報酬を伴う「健康」を得ている。どこの誰が自分が不健康になるような研究活動を行う、と言うのか。研究活動というものが非常に複雑な制度的・物質的なバランスの上に成り立っていることを決して忘れてはならない。そのバランスを整えることは研究活動を行う主体が「一つの固有な身体を持つ生きた人間」に他ならない限りで、避けられない。そしてその健康的バランスを成立させる構成要素に「金銭的報酬」が入らないことは、少なくとも貨幣経済で成り立つ生活基盤の上を生きている限りで、あり得ない。金のために研究するわけではない。しかし健康的に研究し続ける上で金は不可欠である。

哲学するよりも前に、自らの哲学する生を構成する自己の技術(テクノロジー)を身につけていかねばならない。私はそう思っている(その「前に」の意味は正直まだよくわからないが)。その修練は、哲学的生がひとたび開始されれば、もうやらずに済むようなものではない。スピノザの『知性改善論』冒頭をお読みいただきたい。彼は当初、通常的生から哲学的生への完全な移行を夢見たが、それは不可能であった。一挙に現在の生の編成(vitae institutum)から抜け出すことはできず、しかもその編成は絶えず否応なくその再構成が要求されるものである(象徴的には例えば、最近経験したコロナウイルスとの共生を思い出されたい)。そうして若きスピノザは一つの哲学的生を構成する三つの規則を確立するに至った(同書第17節)。すなわち、

① 民衆の理解力に合わせて語ること、また我々の目標を達成する妨げにならないことなら、すべてこれを為すこと。(...)
② 歓楽は、健康を保つのに足る程度には享受すること。
③ 最後に、貨幣その他いかなる財であれ、生と健康を維持し、また我々の目標に差し支えない社会の習俗に倣うのに足る程度にそれらを求めること。

これらの規則は真剣に受け取らねばならない。私は企業内哲学のリサーチ経過を、2023年の1年間、会社内で三度の機会をもち報告させてもらった。これは①に対応する修練であった。そして企業内哲学のリサーチはそれ自体、日々のよき歓楽のときであったし、ときたまメタのメンバーが京都に足を運んでくれて、彼らと美味なる食事をすること等もまたよき歓楽のときである。これらは、文献研究に専心するいわゆる「刺激のない」生活を過ごす私の健康に足るどころか、それをいっそう向上させた、正確に言えばより多くの様々なものを楽しむことのできる身体を作り上げていったのであり、これは結果、②を満たした。最後に、私のワークに支払われる報酬は言うまでもなく、私の生と健康の維持に、いやむしろ健康の増大に役立ったのであり、これが③に対応していた。そして私はここでスピノザにとってのユニークな賢者像を思い起こさずにはいられないのである(『エチカ』第4部定理45備考を参照されたい)。

終わりに

以上をもって「どうして」という問いへの答え、企業内哲学の論文を書いたその理由を、両方の観点から、つまり「動機」の観点においても、そして結果的に「プロセス」の観点においても、おおかた述べることができたように思う。

「プロセス」の観点からあえて付け足すことがあるとすれば、此度、公開された企業内哲学論文の内容のほぼすべてが、すでに株式会社メタでの経過報告の1回目(5月)と2回目(8月)で出揃っていた、ということである。それらを投稿先のジャーナルの体裁に合わせ編み直したものが件の論文である。1回目と2回目の報告の中には論文で明示した内容以外のことが多分に含まれていたし、3回目(12月)の報告内容に関してはほぼすべてが未公表である。そして今年も引き続き研究活動を継続してもらえる運びとなり、すでに丸3ヶ月を経過している。

最後に、私が最近よく思い出すようになったテクストを添えておきたい。それは著書『ヘーゲルかスピノザか』で知られるフランスの哲学者ピエール・マシュレのテクスト、2013年に公開された「今日のフランスにおいて哲学をやること」と題されたインタビュー記事である。彼はそこで次のように言っている。

哲学的活動の中心が大学にあるべきで、それ以外の活動はすべて周縁に追いやられていると考えるのは幻想です。一般的に言って、中心/周縁の図式で状況や可能性を解釈しない方がよいでしょう。(...)私たちは、中心がもはや存在しない以上、周縁ももはや存在しないという新たな構成に向かっています。

マシュレがここで「新たな構成」と呼ぶものに、私は単純に興味がある。もちろんこのことは、私が「大学」での学術的活動を軽視したりしているということを意味するのではまったく無い。

冒頭に掲げた写真は、先日(3月23日)、株式会社メタのオフィスにて開催された私の運営する読書会の年次総会の一場面である(この読書会はメタからスポンサーを受ける仕方で現在3期目に突入した)。そこでは4人の方による研究発表がなされた。
1つ目の発表は、千葉県の鴨川で古民家を購入し、農業をやる傍ら様々な共同体的実践を行いつつ、それを都内の大学の建築系の研究室の訪問を迎え入れながら広義の建築実践を行っている方の発表、2つ目の発表は、看護学を専門とし、この3月に認知症ケアに関する博士論文を提出した方の発表、3つ目の発表は、東京大学にてNPOの人類学をテーマに修士論文を提出し、この春に博士課程に上がる方の発表、最後の発表は、京都芸術大学で教職についている方(写真右)の「デザイン/アート」の区別の概念史的研究の発表であった。さらに彼らの発表それぞれに必須でその場でコメントをしてくれる方として、辻さんの他に、東京大学で研究員をなさっている人類学研究者と早稲田大学で常勤助手を務めるカントを専門とする哲学研究者、そしてさらに株式会社ロフトワークにて製造業企業向けプロジェクトデザイン事業や身体性メディアの研究開発プロジェクトなどを大手企業とともになさっている実務家の方の計4名をお呼びした。また彼/女らに加えて、多様な分野の研究や実務をなさっている10数名の方に参加していただいた。参加してくれた方のなかには、ぼくが会進行のレギュレーションで準備不足であった諸点を率先してフォローしてくれる方もいた。以上のみなさまに改めてここでお礼申し上げたい。

総会の内容はここで公表できないが、一つ、私が言えるのは、所属・年齢・専門分野等々の垣根を超えて、知性の秩序はすべての人間にとっての唯一かつ同一であるというスピノザのテーゼ(『エチカ』第2部定理18備考を参照されたい)を経験によって垣間見た、ということだ。マシュレがイメージする「新たな構成」が何であるのかは私にはわからない。しかし今回のこの総会の場は私にとっての「新たな構成」を垣間見る一つのケースであった。

終えよう。ここまで読んでいただける方がいたならば、本当に有り難く思う。
もし読んできた中で、素朴な疑問でも批判的なコメントでもなんでもいいので、もし何かあれば、私に連絡いただければと思う。また「この点について聞きたい」などあれば、基本的に答えられないことは無い。率直にお答えしたいと思う。

私は引き続き、生きようと思う。この与えられた生、自然のほんの小さな部分に過ぎないこの生に気遣うことを怠らぬよう。あなたもあなた自身に配慮していただければ幸いである。epimeleia heautou.

それではまた。


注1:監査役は、文字通り「監査」を行う職務を負う。株式会社において独立した立場から、取締役の職務執行状況を、監督・監査する、少し平たく言えば、観察・評価・報告する役職である。「監査」には「会計監査」と「業務監査」の二種類があり、「会計監査」とは会社の会計に関して行われる監査、「業務監査」とは、取締役の職務の執行が法令や定款に違反していないかに関して行われる監査である。私は社内で日々為される振る舞いを観察した上で、とりわけスピノザ倫理学に照らした監査を実行した。具体的には監査報告書を作成し、それを社内で口頭発表するなどした。こうした、いわば「哲学的監査」の一連のプロセスは、特定の共同体に入り込むフィールドワークをした上で、その共同体の文化を描きだすという文化人類学の活動プロセスに類似するが、異なるのは次の2点である。1つは、特定の企業の「文化」あるいは同じことだがーーこう言った方が馴染みあるだろうーー「カルチャー」の中に、そこで暗黙的に採用されてきた倫理的差異とは別の倫理的差異を持ち込む、という点である。極端に言えば、それまで社内で「悪い」という質を付与されていた振る舞いに「良い」という質を付与する(逆も然り)。こうした「極端な介入行為」は文化人類学の活動プロセスにおいてはあり得ないだろう。もう1つは、そうした観察記述の結果を報告書として当事者に向けてのみ発表する、という点である。文化人類学の書物は基本的に、調査対象の共同体の成員に馴染みある言語ではない別の言語で記述され、それゆえまた当然のことであるが、調査結果が当の成員に伝わることが前提とされていない。哲学的監査はこの点で全く対照的である。