この記事を読んでくださっている多くの皆様、はじめまして。2022年12月22日付で株式会社メタの非常勤監査役となりました、北川真紀です。普段は文化人類学を専門に研究活動をしています。このLOGUEは、監査役という立場でできることを考え、メタを(と)人類学するための最初の覚書です。

 

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メタの一部の皆さんとは2020年から毎週早朝に行っているオンラインでの読書会を通して出会った。2年間、毎週顔を合わせて言葉を交わしていたのは彼らだけだったから、家族以外の誰よりも頻繁に「会って」いたことになる。そんな彼らと学ぶ喜びを共有し、改めて人類学することの楽しみを感じてきた。代表取締役の辻英人さんとの出会いも、その読書会を通してである。はじめての出会いから1年と半年が経つ2022年12月3日、辻さんから「監査役として人類学の目でメタを見ていてほしい」というオファーがあった。

研究者である私からもっとも遠そうな役職名である監査役。そのポジションに人類学者として立つとき、どんなことができるだろうか? 

  

デジタル・エスノグラフィ?

人類学者は観察を仕事とする。それも対象となるコミュニティの生活や活動に参加しながらの観察、「参与観察」だ。この参与観察が行われる場はフィールドと呼ばれ、フィールドで人々が生きる/活動する様を記述したものが、エスノグラフィ(民族誌)である。ラテン語の「聴くこと(auditus)」から派生した「監査(audit)」を仕事とする立場としても、私は参与観察をして、エスノグラフィを書くことになるだろう。しかし、フィールドとなるはずのメタはどこにあるんだろう。私は、最初からそれがわからないということに困惑していた。

実際のところ、人類学者の仕事の大部分はこうした「困惑」と向き合うことでもある。すんなりと理解できないこと、困惑することは、新しいものとの出会いによりこれまでの私の、そして人類学の常識が揺らいでいるということでもある。先住民と呼ばれるひとびとの村で、狩猟採集のために入った森で、都市の病院や金融街で、そして深海や宇宙空間で、人類学者たちは困惑し、ゆらぎ、そうした感受の経験を記述の出発点としてきた。

港区にあるメタのオフィスには普段あまり人がいないと聞いた。新型コロナの感染拡大以前には頻繁に出入りがあったようだが、2020年以降は代表取締役の辻さんも鎌倉市に居を移し、オフィスでメンバーと一緒に仕事をするということは多くないという。これは、参与観察を始めようとする人類学者にとっては非常に困難な境遇となる。コロナ禍で直接会う機会が制限され、海外渡航もできなくなったことで、多くの人類学者が「フィールドに行けない」という状況を経験したが、制限が段階的に緩和されてきた今も、この余波は人々の仕事の仕方に大きく影響を与えている。

物理的な場を共有しないコミュニティに対して、2020年からの3年間、人類学者たちはさまざまな試みと考察を続けてきた。フィールドに足を踏み入れることができなくても、オンライン上でなら調査をすることができる——そのような希望を託されたジャンルのひとつが「デジタル・エスノグラフィ」だった。プログラムを使ってweb上の情報を収集・保存するクローリング(Crawling)を利用してTwitterの投稿やリンク先を分析したり[*1] 、Slack等のコミュニケーションツールの投稿・やりとりを分析したり[*2]、調査対象者に自身の家の様子を撮影・報告してもらったり。実際にメタもオンライン上で集うことが多くなっているのならば、そのフィールドもオンライン上にあると考えるのがいいだろうか?

現時点では、必ずしもデジタルから出発しなくてもいいだろうという直感がある。メタのメンバーもそれぞれ物理的な環境(生存を可能にする条件)の中で、無数のものや生命と関係しながら生きている。もちろん日常生活に密接に関係している「デジタル」を排除することはできないが、既存の「デジタル」の枠組みを最初に設定して思考を制限することはせず、スマホやパソコンの表面に浮きあがってくる部分的なイメージを拾い集め、その先を想像するところからはじめてみよう。

 


[*1] 大阪大学人類学研究室の森田敦郎氏、神崎隼人氏の研究などで使用されている。
[*2] 例えば、東京大学教養学部2020年度「フィールド演習」ゼミで数人の学生がSNSを使用した調査・研究を行なった。

 

時間をかけることと、着地すること

フィールドという場所の問題に加え、時間の問題、具体的には話題の移り変わりの速さややりとりの速さなど、そのスピードにも戸惑うことがあった。私が参与観察できる場のひとつであるWorkplaceのチャットでは、絶え間なく部分的な情報が流れていく。投げられるのは、日々の印象、非日常的な食事、新しい言葉、新しい挑戦……無数の部分的なものだ。調査なのに矛盾していると思われるかもしれないが、人類学の調査は最初に何を観察するのかを定めないままに始まる傾向にある。だから、情報を選択的に取得することができない今、言葉で表現される物事を生きられる時間に「戻して」考える(共有されている物事をその人の生活の中での経験として想像する)と、私の身体が経験できる時間を悠に超えてくる。私の研究の主要なフィールドは福井県の盆地だが、そこで「人々と一緒に何かをする」という時間が教えてくれたものを、ここで同じように拾おうとすることは難しい。

また、上記に付随して、会社名が想像させるように、ある程度生活と仕事を自身で立てることのできる「自立した個人」や家族があつまることを、「メタ」として捉えていいのだろうかという疑問がある。仕事でも生活でもなく、なにかその先にあるビジョンのようなものを共有する共同体であると考えていいだろうか。

これから注目したいのは、表面には表れてこないが、メタがメタであることを条件づけているメンバーの歴史と生活だ。メタについて考えるための私の挑戦のひとつは、その会社名「メタ」という言葉を、一般的に意味するような「高次の立場から俯瞰すること」からずらし、身体を伴う有限な存在として立ち上げ直すことだ。ある特定の場に「着地する」ことを意識して、看過されそうになる瑣末なことも含めて拾い上げ、「メタの条件」に迫ってみたい。おそらく、それが、時間をかけた観察と記述を中心に据える人類学ができることのひとつではないかと思う。

 

「ビジネス」から、学びへ

これまでも日本でビジネスの領域を対象とした人類学的研究は存在した [*3]。メタの哲学やビジョン、風土を細やかに見ていくことは、日本の現在を浮き彫りにするだろうから、結果的には日本の会社のエスノグラフィとしても十分に重要である。しかし、形式上はその通りだとしても、メタには「会社」という枠組みから大きくはずれる活動・思想がある。それらを捉える上で、最初から既存の枠組みにあてはめていてはおもしろくない。

それよりも適切に思われるのは、「学びの共同体」としてあるメタの姿である[*4]。何人かのメンバーが決算報告会の場で一年の振り返りをした際に読書会の影響を挙げていることを考えても、「ともに学ぶこと」はメタというカンパニー(=ともにパンを食べる仲間)のひとつの大きな特徴なのではないかと思えた。先述の辻さんからは「言葉」への想い、それを敏感に捉え、身体化する感受性を感じてきたし、立ち上げ当初から会社の思想に大きく影響を与えてきた佐藤さんは、たくさん読むことや見ることが日常化していて、周囲の理解の形式をどんどん更新していく。二人と同じく公認会計士で2022年から読書会に参加しはじめた尾崎さんが、某企業の役員との会食の場で哲学書から得た知識を想起しつつ言語化を試みた経験を共有していたことも重要だ。そして、何よりメタは、日本で監査役に哲学者を起用した稀有な会社なのだ。

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[*3] 小田亮、熊田陽子、阿部朋恒(2020)『スマイルズという会社を人類学する:「全体的な個人」がつなぐ組織のあり方』弘文堂。
[*4]これは東京大学UTCPにて、2023年1月に同学教授の梶谷真司先生らとメタの数人がやりとりした際に浮かび上がった特徴である。

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前監査役の佐々木晃也は、私の10年来の友人である。私が現在人類学を続けることができているのは多くのひとびととの幸福な出会いと手助けによるものであるが、私の人類学を形づくるひとつの流れに、彼の存在がある。2019年、上述の佐藤さんとも初めて会うきっかけになったイベントの最後に、私は人類学するからこそ、哲学する彼とこうして対話する喜びを感じると話しながら、そのことを深く自覚した経験がある。彼と友人になってから今に至るまで、それは変わらない。そんな彼が前任を務めた監査役のポジションに、自分が立って見える景色を共有できることもまた、ひとつの喜びである。

ともに本を読み、出来事(仕事もそうでないことも)について語り、学び続けるのであれば、メタであることもまた、そんな喜びを共有するカンパニーだと言えるだろうか。

変幻自在で捉え所がないように見える小さな共同体があたらしい調査対象になった。日本の会社がどう「人類学」になるのか。人類学の目で「かんさ(つ)」されることが、どうメタの糧になるのか。相互のかかわりが、メタを、私自身を、驚かし続けるものであるとうれしい。

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image: Jacobs Vrel, "Woman at the window making a sign to a little girl". Second half of 17th century, Oil on panel, 45.7 x 39.2 cm.