選手宣誓から一年以上が経過し、第八走者まで繋がりました。

バトンは順調に繋がれたように見えるかもしれません。しかしそこには、大小さまざまなエピソードがありました。

書き出し良好、これはすぐ脱稿か、と思いきや、途中で筆が止まってしまい、編集部と並走しゴール

全く原稿が書くことができず、どうしようかと途方に暮れかけていたとき、すぐにバトンを拾い上げ、数日で原稿を届けてくれた代走メンバーの誕生

普段は遅筆なのに、意外にも数日で小説を完成させ、編集部を驚かせたメンバー

また小説という自由に書く形式にフィットするタイプと、自由ゆえに何をどう書けばいいのか途方に暮れるタイプに分かれるというのは興味深い点でした。内容については、日常生活の中で独自の視点を披露してくれたり、実は文学好きでその片鱗を見せつけてくれたり、絵本や奇譚のように情景をありありと呼び起こす小説を書いてくれたりと各メンバーの逸話が盛りだくさんでした。

様々なスタイルで書かれたものを読むことは単に喜びと言えます。編集過程で原稿をいち早く入手する編集部は、原稿公開までの少しの間、各メンバーの秘密を共有させてもらっているような、ちょっと"得した気分"を味わっていたのです。

 

最初の数話は、話がつながっているように読める部分がありました。何かの店をやっている人と町の日常、打ち水の水をかけられた少女や女将さんといった登場人物が横断的に登場しています。そして、徐々に内容のつながりは薄くなり、短編オムニバスバトンへと進んでいったようにみえます。この動きは、もちろん主催者が企図したものではなく、自然にそうなっていったものです。

あるメンバーが「早く書いたほうが絶対にいい」とまだバトンを受け取っていないメンバーに話していました。内容をつなげることを前提とするのであれば、物語が進むと必然的に把握、考慮すべき内容が増えるからです。というのも、当初は、物語の内容をバトンでつなぐことを念頭に置いていたからです。その後のストーリーの短編オムニバス化をたどった理由は、このメンバーが想定した通りのことになっていったのでしょう。

原稿が公開され、次のメンバーを指名する際、不幸の手紙を受け取るような緊張感が走るようになってきました。先に書いたとおり、企画主催者(編集部)として秘密の共有を楽しみにしていた一方、仕事の合間に原稿を書いてもらうのは申し訳ない、と思っていました。特に、内容をつなぐという点に関して、徐々に難易度は上がるはずで、頭を掻きむしるメンバーもいましたが、そこはあえてスケジュール管理という最小で最大の手の差し伸べ方にとどめました。それによって数々の怪作、名作が誕生したのです。

数百年後、数千年後にこの小説バトンが莫大なデータの地層の中から発掘されたとき、発掘した者はどのように読むでしょうか。そもそも日本語が残っているのかさえ不明です。もし、言語がまだ通じるのであれば、その内容について、頭に?を浮かべながら読まれる光景を想像してしまいます。 

  東京タワーって書いてあるけど、いったい何なんだろう、遺跡か何かかな?

  金曜日の夜九時って、どんな状況なんだろう、金曜日だからって何か特別なのかな?

  焼き鳥って一体なんだ?

  新幹線っていったい?線?数学の一種?

選手宣誓で、「誰かに何かを伝える」ということを書きました。メンバーに委ねられた「何か」を、きっと未来の意図しない「誰か」が読むときがくるのかもしれません。そのときには、小説という概念すらなくなっているのかもしれないけれど。