小説バトン 第六走者
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珍しく対面での打ち合わせが終わった流れで、隣駅でバイトをしている鈴木を呼びつけた。すごいオレンジ色のもこもこのマフラーをつけた鈴木が30分もしないうちに自転車で登場した。
鈴木は大学からの仲で、互いの近況から同級生の近況まで話していたらあっという間に終電の時間になった。え〜さっき賄い食べちゃったのにと言いながら、シメのT K Gまでしっかり食べていた。2人とも大学の最寄りに住んでたのが懐かしい。朝までダラダラとコンビニ横のベンチでのおしゃべりも、飲み歩いて喋り倒したあとに帰りの電車でのおしゃべりも好きだった。今はお互い住むところも違うし、仕事も違う。電車の時間を気にしながら飲む。
1時間ほど電車を乗り継ぎ、駅についた頃には、すっかり酔いも覚めてしまい、ご機嫌なわたしだけが残った。
うん、やっぱりもう少し飲みたい。
けど1人か〜ちょっとめんどくさいな。
とりあえず居酒屋が並ぶ通りを家とは逆方向に歩き始めた。どこか入りやすそうで美味しそうなお店、お店〜…
音を外しながらも楽しそうに歌う声、看板のライトを落として常連だけの飲み会、前から気になっていたタコスが食べれるバーは何故か今日に限ってすごく混んでいた。うわあどれもちょっと入りにくすぎて無理だ。意気込んできたのにすぐに諦めたくなった。でもやっぱ飲みたい。こんな時は一人でカラオケ行っちゃいますか…週末の夜って高そうだな。
店頭の値段表を見ていると、さっきもすれ違った大学生連中に話しかけられた。お姉さん一人カラオケっすか?!やばいっすね!どすか!?無理っすか?!?おい、やめとけ!笑笑笑
ニヘラ……
帰ろう。
もうだめだ、大人しく家でコンビニ酒を飲もう。そして静かに眠ろう。家に戻る途中、飲み屋を探していたからか普段なら目につかない小さなお店まで目がいった。道路に面したところに看板がぽつんと照らされている。
あれ?こんなところにお店あったんだ。
"Bar Ametrino"
看板の下のメニューにはカクテルの説明と値段もしっかり書かれていた。チャージ500円。しかし雑居ビル5階。とてつもなく入りづらい。ここ毎日朝も夜も通ってるはずなのに知らなかった。今朝占いでも言ってたしな。思いついたことをしてみると吉!入っちゃうか?入っちゃうか…
勇気を出してエレベーターで5階を押した。もしもドア開いた瞬間すぐに店内だったらと思うとゾッとしてたけど、降りるとさらにドアがあった。半分だけ開けられていて、ガラスの小窓からは店内が見えた。あれ!意外とこんな時間なのに人がいるじゃん。そしてふわっとウッディな大人っぽいいい香り。店内はかわいいライトで照らされてる。なんか良さげ?今日はどうにでもなれ〜っ!!
ガチャリ。
こっ…、こんばんは〜。えと1人なんですけど。
視線がわたし一点に集まる。
、、いらっしゃいませぇ、こんばんは〜。、、ええと、ここか、ここが空いてます。
L字のカウンターの端っこと、真ん中の席を案内されたので、保守的に端っこに座った。このむにょっとした喋り方の人がどうやらここのマスターらしい。他にはお客さんが3人。みんな常連さんのようだった。
あのう〜。バーって初めてなんですけど、どうしたら良いんでしょうか?
マスターはメニューを差し出し、
ここからここまでがオリジナルカクテルです。まあ、そですね、おすすめみたいな…。あとは、あるものであればテキトーに作れます。フルーツのもできます。今日は、あまおうとりんごとパイナップルかな。
あまおう!おいしそう!
思わず口に出た。
まあ、いろいろあるんでぇ、ゆっくり考えてください〜。
いやいやマスター、明らかにこの人今あまおうだって。めっちゃ食いついてたじゃん。
近くに座っていた常連の人が私のことを指差しながら話かけてきた。
はい、あまおう飲みたいです。美味しそうっ!
マスターは言葉にならない返事をして、ヘラヘラ笑いながら作り始めた。
そして話し始めた。
明日はお仕事お休みなんですかぁ?
うーん、そうですね、まあ、フリーランスなので、毎日夏休みみたいなもんです。へへ。
お、そうなんだ!俺も去年まで自営業だったんだよね!仕事終わる時間遅くてさ、ここ遅くまでやってるから、よく飲んでるんだよ。
へー、お店何時までやってるんですか?
2時!
皆さんお近くなんですね。もう電車もない時間だし。
みんな歩いてすぐ帰れるよ。ね?
そー!わたしも隣なの。話を聞いていたもう1人の女性客が笑顔で答える。あら結構歳が近そうだぞ。
奥の人は決して話には入ってくることはないけどうっすら微笑んでいる。岩のようにどしりと座っていた。
よく来られるんですか?近くにこんなお店があるとは知らなかったです。
こちら、建築事務所を営む田村さん。
進化系おしゃれ花屋の冬美さん。
録音スタジオで働く宇都宮さん。(みんなからはミヤちゃんと呼ばれている)
マスターは完成した真っ赤なカクテルを運びながら、それぞれの簡単なプロフィールを紹介し、えいやとグラスの縁に切ったイチゴを差し込んだ。
はい、あまおうのカクテルです〜
うわ。ありがとうございます!かわい〜いただきます!の前に、写真撮ってもいいですか?
どうぞぉ〜
え、いいな〜それ美味しそうじゃん。私もこれ貰おうかな!
そのあとわたしたちはそれぞれ軽い自己紹介をして、最近みた映画やハマっているゲームの話、冬美さんの上司の愚痴、田村さんの何歳になってもモテたい話、マスターの自転車がナチュラルに盗まれた話、今日は来ていないまだ知らぬ常連さんの話、美味しい居酒屋の話、今かかっている曲の話などをしながら、2、3杯飲んだ。
あ、もうこんな時間じゃん。マスタ〜お会計〜
ほんとだ、早〜。明日仕事だるいわー。
僕もお会計…。
ごちそうさまでした。おいしかったです〜。
みんなでぞろぞろエレベーターに乗り込む。
私こっちなのでー!
俺こっち。
会釈するミヤちゃん。
店を出た途端みんなそれぞれの方向に歩き出した。
おやすみなさ〜い。
今までこの街にどんな人が住んでいるかなんて考えたことがなかった。知らなかった。この人たちが住んでるんだ!そしてわたしもこの街に住んでる。いい街、いい夜。新しいお庭が見つかったような気持ちになった。
帰り道。街が少しやわらかくなって、触り心地が良くなって、頼もしくなった。
なんだかもう一杯だけ飲んじゃいたい。とにかくそんな気分。思いつきもたまにはいいじゃんね。
第七走者へ続く